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「第10回佐賀の木・家、リニューアル、まちづくり賞」において「伊万里の家」が「佐賀の木・家 知事賞」を受賞しました。
発売中のI’m home.139号に弊社が設計しました「Y Residence(平尾の家)」、「T Residence(志摩船越の家)」が掲載されています。
「庭屋一如」
敷地は市街からやや離れた閑静な住宅地、東側、南側を道路に面した角地である。
L型の敷地形状を余すことのないよう建物を北に寄せ、Z型のプランとし南を主庭とした。
深い庇の寄棟屋根を載せた外観は、木立の中に建つおおらかでてらい無く、嘗ての民家のような存在感のある佇まいとなるよう意図した。
玄関へは木立の合間のアプローチを抜けて至る。
屋根勾配なりの天井高をもつ主室であるLDKは、南側開口を天井いっぱいとし、深い軒、デッキ、室内に取り込むような植栽によって開放的でありながら、木質に包まれつつ移り行く自然を感じる、豊かで落ち着きのある空間となるよう図った。
内部と外部の主要な仕上げを、ほぼ同色同材の木質、左官仕上げとすることで、日々の暮らしにおける庭との緩やかな繋がりを求めた。
子供室、ライブラリーはLDKとの繋がりを重視し、将来的に柔軟な使い方が出来るプランとなっている。
Japan Brand Collection 2025 に 柳瀬真澄建築設計工房 が掲載されました。
敷地は中央通りより1本入った住宅地。西を道路に、東は広い公園に面しており、南北はほぼ境界一杯に隣の住宅が建っている。外観は、煩雑な周囲に対して軒高を抑えた極めてシンプルな片流れ屋根の総2階建て、小箱のような住まいである。断熱等環境性能を確保しつつも、スペース、設備等の無駄を無くすことによりコストを抑えている。
プライバシーを守りつつ、公園への眺望と広がりを得るため2階をLDKとし1階に個室、水回りをコンパクトに設けた。
ラワン合板張りの片流れ天井のLDKは、天井の高い方をダイニング・キッチンとし、奥行1.8mのベランダを介して公園を望み、天井の低い方を壁に寄り添い落ち着いたリビングとした。ひと空間ながら単調とならず、内外様々に繋がる伸びやかな空間となっている。
小間は一人で籠る部屋が欲しいとの要望により、淡い光につつまれた離れの茶室のような空間をイメージした。予備室として多目的な使用を可能としている。
敷地は、福岡市都心近くにありながら緑地も散在する閑静な住宅地にあるものの、隣地には境界一杯に住宅が建ち、南側は約3mの擁壁及び塀となっている。また風致地区内にあり、法的制限等の条件も厳しい。計画にあたっては、内部のプライバシーを確保しつつ、特に南庭、道路側には多種の植栽を施し、内外に於いて自然豊かで落ち着きのある住まいであることが、周辺環境や景観を向上し、道行く人にとっても親しみのあるものでありたいと考えた。
「螺旋状に繋がる親密な空間」
敷地は前面道路より1m高く、車庫上部の部屋を1階と2階の中間高とすることによって、各部屋が、オープンな階段を中心に、スキップフロア状に繋がる効率的な動線による立体的な構成となるよう図った。シンプルなプランながらも、螺旋状の繋がりが、変化に富んだシークエンス、実際以上の広がり感を生み、各部屋は柔らかな関係を持ちつつそれぞれ個性ある空間となるよう意図した。
「庭、通りとの繋がりによる寛いだ住まい」
各部屋は様々な形で外部と繋がる。特にリビング・ダイニングは南庭への開口を木製建具とし全面開放できる。間口いっぱいのデッキにベンチをしつらえたパーゴラを設けた。外部でありながらも内部のような安心感を持ち、庭と緑を愛する家族にとって、緑に囲われ爽やかな光と風を感じる第2のリビングとして、無くてはならない居場所となっている。
「光と陰影による空間の趣」
主室の大開口・簾戸、他格子戸、障子、可動ルーバー戸等、時と場合に応じた建具の使い方、様々な開口からの四季折々、刻々と移り行く光と陰影が空間に様々な表情を生む。主室のやや粗面の壁・天井の質感は、より陰影の効果を生み、日々の暮らしに自然の光や緑が映える快適な空間となっている。
オーストラリアと日本を本拠とし、海と糸島の自然を愛するクライアントのための住居である。
敷地は糸島半島の南西にあり、唐津湾に面する。西側前面道路と緑地を抜けた先は砂浜となっている。
木々を切り開き、道路より約2m高い敷地の最も奥に建築することにより、2階からは両脇・道路越しの樹林と共に、海を額縁的に捉え正面に姫島を望むことが出来る。
アプローチを抜け、玄関正面の階段を折り返して上がると一気に景色が開ける。右にダイニング、左にリビングである。
ダイニングは、梁を表し天井高さを抑えることによって、バルコニーに通じる落ち着いた居場所とした。一方リビングは、ダイニングより450mm下り、天井は屋根勾配なりに高く、コーナー窓とすることで、伸びやかで解放感のある空間となっている。
黒い羽目板張りの外観は、2つの低い平入り切妻屋根の構成とし、軒と平行に設けたバルコニーが深い庇となり、招き入れるような佇まいとなるよう意図した。
ゆったりとしたバルコニーでは、山からの風に揺れる緑に囲まれ、海を眺めるというこの上ない時を過ごすことができる。
祖母・夫婦・子供1人のための住まいである。3世代が寄り添いつつ伸びやかであると同時に、互いを尊重し合いながら共に暮らす住まいであることが求められた。
敷地は、幅4mの道路に挟まれた狭角な三叉路の角地である。北東角地部分を駐車場とすることで、三叉路の狭隘感を無くし、住まいにおいては南面するシンプルな矩形平面を可能とした。
敷地北中央より入り、道路に面し明るい東側を平屋とし、南に屋根形状を内部に表したリビング・ダイニング、北に水回りを配し、西側を2層とし各個室を割り当てることによって当初の要望を満たすよう図った。
リビング・ダイニングは、南庭に全面開口を設け、中廊下に対しても広く開口とし腰窓を透け感のある布状の障子、その上部を透明な欄間とすることで、落ち着いた広がり感と共に、家族の動きや気配を緩やかに感じることができる空間となっている。
外観は、東側を平屋とすることで道路に対して圧迫感を無くし、3つのボリュームに分けた切妻屋根の小さなスケールの集合とすることによって、街並みに対して穏やかで凛とした佇まいとなるよう意図した。
1階を親世帯、2階を子世帯とした2世帯住宅である。
敷地は、閑静な住宅地。東西の隣地には敷地境界一杯に隣家が建っているものの、南、南東からは、日照、採光を確保することが出来る。
1,2階とも主室であるLDKの仕上げを、漆喰、木質とし柔らかな光に満ちた空間となっている。敷地中央に僅かながら中庭を設けて、個室においても自然の風・光・緑を感じることができるよう図った。
2階のリビング、ダイニングは屋根なりの高天井とし、ゆったりとした気積の中、バルコニーに面して幅広いベンチとするなど、時に応じた居場所を設けている。キッチン横をスタディーコーナーとし、玄関、階段からひと繋がりの空間となっており、時々に家族は顔を合わせ、声を掛け合うことが出来る。
外観はシンプルな切妻屋根の重なりとし、1階を杉板張り押え縁にグレーの木材保護塗装、2階を1階と同系統のグレー色でまとめて、通りに対して落ち着いた佇まいとしている。
敷地は東に旧中津街道に面する住宅地。医院及び住宅(昭和14年築)の建て替えにあたって、座敷だけは何らかの方法で新居に移築できないかとのご相談が始まりであった。その後病院が、南側道路向かいに建築され、旧病院・住宅解体後の敷地利用計画及び住宅設計の依頼である。
夫婦2人のための住まいとして、主な必要諸室は、医師である夫の書斎、 「型絵染」を趣味とする妻の作業室、及び旧住宅の座敷の移設である。
主室であるリビング・ダイニングと、それと繋がる台所、夫の書斎、妻の作業室を屋根下に置かれた箱と見立てて、それら全体を木の架構を表した屋根でおおった。それぞれの居場所を確保しつつも、互いの気配と自然を感じることができ、さらに南庭、坪庭からの光による陰影豊かな空間となるよう図った。
座敷は、解体時に床周り、仏壇、建具等主要部材を保存、再利用し、格式のある座敷として再現することが求められた。
生活部分とはスケール、意匠の異なる座敷をいかにおさめるかに腐心したが、「離れ」として玄関脇に回り込むように配し、切妻屋根の棟を僅かにずらすことにより、内外ともに違和感無く新旧の空間をまとめている。
敷地は糸島半島西部の別荘地、周囲を木々に覆われた急斜面にある。南西に唐津湾を望み、豊かな自然と眺望を感じることが出来る。東京との2拠点の生活をすることとなったクライアントのため、この地の特性を最大限に生かした住居兼仕事場である。
かつて小さな別荘があった道路より約3m高の平場を基本GLとし、扇状に迫る斜面の形状によって、「へ」の字型の平面計画となった。また基礎工事中に敷地全体が、巨大な岩の塊であることが分かった。為に工事は岩との格闘となったが、この建築が森の緑に包まれつつ、地下から突き出た岩の上にあることを積極的に表すこととした。
道路より入口へは石板の階段を岩と木々を回り込むように至る。構成は、1階にLDKと寝室・水回り、その間口一杯にバルコニーを設け、2階に仕事部屋、和室である。各室はその使われ方に応じて、それぞれに相応しい居心地と眺望を楽しむことができる。また各室の繋がり方により、人の動きに応じて様々なシークエンスを生むよう意図した。
主室であるリビング、ダイニングは、海、空、緑に大きく開きつつ、木と漆喰の柔らかな質感に包まれ、ゆったりと寛ぐことができる。リビングは屋根の構造を表した吹抜けとなっており、仕事場へのブリッジが掛かる。離れの仕事部屋には、仕事の合間に移り行く景色を眺め過ごせるよう、窓際にベンチを設けている。和室は光と景色の広がりを抑えた閑かな空間である。窓台は腰掛けるのにちょうどよい高さとしている。
30°折れたプランの折れ点の山側を階段ホールとし、部屋から部屋へはこのやや暗い空間を通って至る。異なる居場所を緩やかにつなぐ余白の空間として機能している。
40年近くに渡り、地域に根づいて診療をされてきた動物病院の建替え計画である。
敷地は、幹線道路から一本入り、住宅、アパート等による漠然とした風景にある。そのような環境にあって、周囲に開きつつも、ふんだんに植栽を施し、煉瓦の透かし塀によって適度に囲うことによって、動物病院としての親しみ易さと安心感のある佇まいとなるよう注力した。
建物正面は、本体に片流れ屋根を下屋状に軒深く一直線に差し掛け、内部は梁、柱、マリオンを表し、ゆったりとした気積を確保した待合室とした。前面をガラス張りとし、緑と木質が調和した明るく開放的な空間である。
正面右にエントランスを設け、ポーチを広くとり、木々に囲われた外待合とした。
診察室は、高い天井の待合室に入れ子状に納まる構成とし、それに繋がる処置室を中心に各室へは無駄の無い効率的な動線となっている。
2階住宅は、広いテラスをコの字に囲む構成によって、プライバシーを守りつつ、内外を繋げ、光や風といった自然を採り入れている。高い傾斜天井のリビング、ダイニングは、キャットウォークを設け、人、3匹の猫、犬にとっても伸び伸びと寛げる空間となっている。
教学寺は紫雲山と号し、浄土真宗本願寺派を宗旨とする寺院である。
計画は、既存の第1納骨堂の隣地に、第2納骨堂及び庫裡を建築するものであり、1階にそれぞれの入口、納骨堂におけるホール、法要室を設け、3・4階が納骨堂である。
外観は、旧来の納骨堂のイメージではなく、箱型で極めてシンプルな形態として、なお納骨堂としての存在感を持つことが求められた。
正面に深い庇を設け、両袖をコンクリート打ち放しの壁、リン酸塩皮膜処理を施したスチールの梁と列柱によって構成し、礼拝の場への非日常の入口であると同時に、桧の板壁等 人を優しく迎える構えとなるよう意図した。
内部は、道路よりホール、納骨壇へと至る空間の流れが、人を外の世界より、故人を偲ぶ場へと次第に導くものであるよう注力した。
納骨堂は、列柱状の通路の西正面に須弥壇を設け、故人の遺骨を納める空間として、格調高く真の安らぎの場所となるように願った。
RC4階建ての建築内の1階一部、及び2階に設けた住宅である。道路に面した本館のエントランスに対して、玄関を道路奥とする等、外部に対して控えた存在であるよう望まれた。
2階は、階段吹抜けを回廊状に各室が囲む形式とし、外部に面した家事室から、吹抜けを介して、回廊及び1階玄関ホールに光を満たしている。
高天井とした南側ダイニング、キッチン等、外観の外部に対して閉じた印象とは異なり、明るく開放的な住まいとなっている。
原設計は「アトリエ美山」伊勢博臣氏(2011年逝去)、築30年の住宅の改装である。
基本的な平面、空間構成は原設計のままとし、白一色であった壁・天井の仕上げを淡い土色の左官仕上げとし、家具を一新、追加造作する等、ボールト天井と間接照明の光が特徴的な原設計の構成をより生かしつつ、淡い陰影による新たな魅力を持った空間となるよう注力した。
敷地は別府市中心部、西側は新設された大通りに面し、周辺は新旧の建物が混在するもののかつての面影も残す環境である。クライアントは、リモートでの仕事が可能なこともあり、温泉と海と山の自然に恵まれた別府での暮らしを選択してのUターンであった。
昭和初期に建てられ、増改築を重ねた母屋のうち、座敷二間及びその前の庭木を撤去しての計画である。
交通量の多い道路からの騒音とプライバシーを守りつつ、既存母屋と適度に向き合うよう、仕事部屋と住宅棟をL型に配した。広いデッキにはパーゴラを設け、それらを囲むようにふんだんに植栽を施し、敷地内にさらに新たなコートハウス的な構成となるよう図った。住宅棟、仕事部屋、パーゴラが、適度な間合いと密度を保つことによって、様々に移りゆく自然を感じる心地良い暮らしの場をイメージした。
また両親の住む母屋との関係を考慮しつつ、可能な限り建築前の趣を残すよう配慮し、新しくも懐かしい空間を保っている。
住宅棟は、仕事部屋の片流れの屋根と一続きとし、南庭側を1.5階分の天井高さのLDK、北側を水回り、階段、個室とした。各空間は庭との繋がりを活かしつつ、吹抜・格子・トップライトの光を介して親密で柔らかな関係となるよう意図した。
仕事部屋、住宅棟とも、内部は漆喰と木質、外部はシラス壁仕上げとし、その場に応じたナチュラルで優しい空間となっている。
敷地は福岡市中心部の一画、道幅は狭く、古くからの飲食店等がひしめく通りの角地である。
計画は、1階はテナントと、オーナーの駐車場及び趣味室、2階は賃貸住戸、3,4階がオーナーの住宅である。
外観は、外形をほぼ道路斜線により決定される。1階をスチールに特殊塗装を施した基壇として扱い、上部をやや焦げ茶がかった濃いグレーのタイル貼りとして、様々な色の看板等が混在する通りに対して、落ち着いた佇まいとなるよう意図した。
住宅は、夫婦2人と猫4匹、犬1匹が、それぞれ気ままにストレス無く、過ごせるよう望まれた。
中央角に配したリビング、ダイニングは吹抜けとして、各部屋に通じ、キャットタワー、キャットウォークを設けて、猫達は自由に動き回ることが出来る。斜め天井を桧板張りとする等、周囲の喧騒を感じない静かでゆったりとした空間となるよう図った。
また四季を通じて、家全体の温熱空気環境を整え、人にとっても猫犬達にとっても穏やかで優しい住まいとなっている。
伊万里市街より僅かに離れた緩やかな丘陵地に建つ、夫婦と子供4人のための住まいである。周辺は自然林が多く残り、その合間には古刹等を望むこともできる。
外観は、シンプルな切妻屋根の2階建てに、L型に下屋が取り付く構成とし、低く抑えた軒の水平ラインが、道路及び隣地に対して伸びやかな印象となるよう図った。植栽をふんだんに施した庭は、周辺の林と緩やかにつながり、敷地を超えた広がりを得ている。移り行く四季の自然や景色を身近に感じることのできる住まいである。
内部は、オープンな階段を中心に、庭に面した明るく心地よいLDK・スタディーコーナーと、裏動線としての水回り・収納を、それぞれL型に配して囲んだプランとした。行き止まりのない回遊性と繋がりにより、機能的で伸び伸びとした暮らしができるよう意図した。
階段を中心に開放的につながるプランとしながらも、全熱交換型24時間換気システムによる空気の流れと、バランスよく配した空調機とを組み合わせることにより、少ないエネルギーで効率的な温熱環境を実現している。
敷地は閑静な住宅地。シニア夫婦が、かつて家族と共に住み慣れた住まいを、これからの終の棲家としての建て替えである。
極めてシンプルなプランとコンパクトな動線により空間は過不足無く、また家全体にムラの無い穏やかな温熱環境を整え、四季を通じ快適な住まいとなっている。
適度な植栽と低くゆったりとした軒庇は、家の内外に柔らかな明るさと陰影をもたらし、新築でありながら、住人にとっても周囲に対しても優しく馴染みのある空間と佇まいとなっている
敷地は、市中心部より僅かに離れた住宅地。隣地には、東にアパート、南、西は境界いっぱいに2階建ての事務所、震災で使用不能となったクリニックが建っていた。このような環境においては、敷地条件を手掛かりに、設計の拠り所を見出すことは難しい。
そこで、外部に対しては半透明のガラスと植栽によるバッファーゾーンを設け、内部において独自で豊かな場であるよう意図した。
構成は、北側前面道路より、ガラス塀・北庭・階段室・主室・南庭をレイヤー状に配し、東西に伸びる主室と、北庭に対した階段吹抜とに、水平、垂直に交わる。主室を中心に各部屋は、吹き抜け、南庭を介して繋がり、それぞれの居場所を設えている。
静かで穏やかな均衡を保ちつつ、刻々と移り行く光と陰翳によって、日々変化に富んだ空間となるよう図った。
徳栄寺は妙見山と号し、福岡市早良区の西油山中腹に位置する日蓮宗の寺であり、広大な境内を有する。本堂よりやや下がった斜面の深い木立の中、お籠堂(龍神さまを祀ったお堂・庫裡)、水行のためのお瀧場、石碑、石組等が散在している。
明治年間に建てられ、経年により傷んだお籠堂の庫裡を建て替えることによって、この地を檀家や一般の人にとって、信仰の対象であると同時に、心休まる場へとよみがえらせることが求められた。
設計は内外に亘り、宗教施設としての威厳と、優しさ・親しみを持った空間であるよう注力した。訪れる人が、どこにいても様々に自然や遥かな時間とつながることにより、この地の霊気を感じ、それぞれの思いをはせることができればと考えた。
木々の一部を伐採し、枝を払い、光を差し入れることにより、緑を生かし、視線の緩やかな抜けを図った。
外観は伝統的な二重垂木による深い軒に緩勾配の屋根が載る。高さを極力抑えたシンプルな構成として、移り行く光と木々の間に凛として佇む。
「水礼の間」は、ゆったりとした軒下空間を介して、お堂・山側の景色と柔らかく繋がる。軒下から土間へ直接出入りでき、多様な用い方が想定されている。
「迎茶の間」は、板の間に腰掛られる高さの出窓を設えた。立礼卓を置き、軸を掛け、お茶を振舞うことが出来る心地良い場となっている。
敷地は、旧唐津街道沿いにあり、前原宿の家並みや、面影も僅かに残る角地に建つ家族6人(夫婦、子供4人+犬1匹)のための住まいである。
祖父が開業した医院と、住まい、庭を取り壊しての計画である。祖父母、両親、兄弟達の歴史や思い出が詰まった土地に建てることもあり、親戚の拠点となるような広くゆったりとした「家族や友人が集まれる家」であることを望まれた。
設計は、南庭に面したLDKを中央に配したコの字プランとし、家族の様々な居場所を設け、多忙な主婦のため北側の水回り、左翼、右翼へと、回遊性のある計画とした。
四周を板塀で囲い、軒の低い寄棟の屋根を掛けた外観は、旧街道沿いに対して違和感無く新たな風景となっている。
敷地は、前面道路より奥へと伸びる長いアプローチを抜けた先にある。東隣地とは約3mの高低差、南側は空き地となっており、南、東への景色が開けている。
その南東角にデッキを設けて、デッキを囲むようにリビング、ダイニング・キッチンを配した。各室はダイニング上部の吹き抜け、中庭を介して緩やかに繋がり、家中何処にいても家族の気配、四季折々の自然と景色を様々に感じることが出来る。
玄関・リビング・デッキを一軒の庇下に収めることにより、内外に豊かな陰影と表情をもたらしている。
デッキは半開放的な軒下空間である。外部でありながらも内部のような安心感を持ち、爽やかな風と光を感じる第2のリビングとして、この家の無くてはならない空間となっている。
計画は、1階を親世帯、1階の一部及び2階を子世帯のための空間とした2世帯住宅である。
敷地は多々良川河口付近、河川敷に沿った交通量の多い道路に面する。道路越しに楠・桜の並木と遊歩道が続く土手の向こうに、川面がゆったりと広がっている。
2階は、LDK、スタディーコーナー、階段、廊下を、梁上の空間が繋がった大屋根の懐下におさめることにより、フロアー全体が柔らかな光で包まれたおおらかな空間となるよう図った。キッチンを中心にぐるりと回れる動線とすることで、コンパクトながら様々な繋がりと抜け感のあるプランとなっている。
道路からのプライバシーを守りつつ、朝夕、季節に応じて移りゆく多々良川の景色を、日々感じることができる。
敷地は、幹線道路から一筋入った変形地。交通量の多い北側を主屋の必要駐車場とし、残りL型地を住宅用としたが、宅地周囲はほぼ境界いっぱいに建物が建つ。
この限られた敷地条件にあっても、内部は、周辺とは隔たった印象で、家の中どこにいても心地いい光や風と、互いの気配を感じることが出来るよう考えた。
構成は、中庭を介して、北側に寝室、南側に広間、その間を水回りとした。
広間は、正方形の平面に方形屋根を載せその木組みを表しとした。静かな拡がりと包まれるような安心感のある空間となるよう図った。
敷地は、高層マンション等が建ち並ぶ狭間に、古くからの小住宅が残る僅か51㎡の狭小地である。しかし利便性も良く、計画次第では十分な広さの快適で寛いだ住まいとなりうると考えた。
1階に和室と寝室、水回り、2階に主室としてのLDK・書斎、納戸である。主室は、切妻屋根のふところを内部に採り入れ、西側窓を繋がった出窓とすること等により、大らかな気積と落ち着きを感じる空間となっている。
人の居場所に素直に開口を設け、移り行く光が、やや粗面の壁と杉板の天井に回り、穏やかな明るさと陰影を生んでいる。
玄関脇に設けた和室は、坪庭と地窓でつながる閑かな離れの趣である。炉を切り、友人を招いて茶を楽しむことも出来る。
地下鉄駅傍の閑静な住宅地に建つ、単身者のための住まいである。
全てに手の届くような「ちょうどいい」スケールによって、使い易く温かみのある空間となるよう注力した。
これまで暮らしてきた敷地のうちの必要最小限を新居用とし、残りを売却用地という計画において、車庫を建物1階に組み入れた総2階建てとし、全く無駄の無いコンパクトなプランとした。
1階は車庫、和室と水回り、2階を主な生活の場としてLDK、ライブラリー、寝室を配した。南東に景色が開けており、2階はそちらに向けてのみ大きめの窓を設けてダイニングとした。
ライブラリー、リビング、ダイニングは、片流れ屋根の梁を表した木質と、やや粗面の左官仕上げの壁による、程よい明暗と、陰翳の美しいコージーな居場所となるよう図った。最小限のスペースながら、それぞれの繋がりによって、狭さを感じさせないゆったりとした空間となっている。
外部と内部の主な空間を、色調、骨材等の僅かな違いによる、同材の仕上げにすることで、小住宅として「ちょうどいい」纏まりとなっている。
敷地は、明治通りより南に大濠公園入り口、北に西公園へと続く通りの交差点角に位置する。
西公園は桜の名所として、かつては季節を問わず多くの人が訪れ、商店が軒を連ねる参道のような賑わいのある往来であったという。その西公園と大濠公園を繋ぐシンボリックな建築となるよう意図した。また、敷地裏の道は旧唐津街道であり、直ぐ近くには福岡城西の門としての「黒門」があった。この歴史的な門とも重ね合わせて、このエリアの要として立つ黒い門柱といったイメージである。
建物本体は、2つの高さを変えたボリュームに分け、スレンダーな印象となるよう図った。
1、2階のテナントのサッシはリン酸塩皮膜処理を施したスチール、住宅入口箇所のタイルを炻器にするなど鉄、土等の質感に拘った。
賃貸住居は空間に無駄がなく、使い勝手のいいプランとなるよう緻密に計画した。
8階リビングからは、深い庇とバルコニーを額縁として、眼下に大濠公園、遠方には油山に連なる山々の景色を、刻々と移り行く自然とともに眺めることができる。
敷地は朝倉市(旧甘木市)、朝倉街道に面する門よりさらに奥に入った、築90年の屋敷内である。中門より玄関への路地と表庭を、Ⅼ型に囲むように主屋が建っている。
当初の設計依頼は敷地隣の空地にギャラリー、カフェ等を設けることであったが、屋敷内にそれらを計画することを提案した。
最終案としては、表庭に離れのかたちでギャラリーを設け、主屋の次の間、座敷、居間を、カフェ、店舗、さらにコンサート等様々なイベントも可能な空間へと新たに生かそうとしたものである。
ギャラリーは5.1m×4.5mの矩形平面の主屋側2辺を大きく開口とし、反対2辺を展示用壁とした。深い庇とコンクリートの縁を回し、軒高、各部スケールに注意を払うことによって、瓦屋根の主屋と呼応する形とした。既存の木の間を抜けるアプローチ正面を黒い鉄板壁が受ける。透かし煉瓦塀による適度な閉じと透け感等、敷地全体にわたる一体感に注力した。木々の緑、木漏れ日の中、寛いでアートを見て感じることが出来る。
主屋の座敷は、当時の地方における大工の優れた技術水準を窺わせる造りである。ここでは、特に新しいデザインを施すのではなく、壁は後の塗り材を剥がし、元の漆喰塗りにする等、建築時の状態に戻すことを旨とし、新築のギャラリーとの対比的な調和を目指した。
時を経たものの価値を尊重すると共に、この家に関わられた人達に流れてきた時間をリスペクトし、大事にしたいと考えた。
ギャラリーと主屋が、庭を介して相互に向かい合うことによって、刻々と移り行く光や緑の中、単独ではあり得ないような場が様々に生じるよう意図した。時間と共に埋もれ、荒れかけていた屋敷を、次世代に引き継ぐ空間として、新たな息吹を与えることが出来たのではないかと感じている。
熊本市川尻は嘉瀬川の河口に位置し、古くから川湊として栄えた町である。2016年の熊本地震はこの地にも多大な被害をもたらした。敷地は、旧薩摩街道沿いにあり、間口4.3m×奥行36mの所謂「うなぎの寝床」である。計画は、今回の地震により被災した「I氏」の敷地に、「I氏」、「F氏」2家族の住宅、及び「I氏」「F氏」が共同するデザインオフィスを新たに建築するものであり、「町家」の今日的な解釈を模索した。
道路の「おもて」に2階建てのオフィス、「おく」に3階建ての2世帯住宅とし、1階と2階半分を「I邸」、2階半分と3階が「F邸」である。間口に対して極端に奥行の長い敷地にあって、中庭との繋がり、吹き抜け、奥行による距離感を活かした計画により、間口の狭さを感じさせない伸びやかで、かつ多様な空間となるよう図った。
外観は、道路に面するオフィス棟を、階高等のスケール、色彩を伝統的な町家に合わせ、また敷地一杯となる住宅棟はボリューム感を軽減する等、新旧の街並みとの調和、在り様に注力した。
河畔公園と庭の緑を繋げる
佐賀平野の北部、多布施川が大きく蛇行する川辺は、水と緑の公園として美しく整備されている。敷地は、公園より道路と水路を挟んだ分譲地にあり、南を道路に面し、北方には公園の桜並木を間近に眺めることが出来る。
敷地中央に建物を配して、庭全体に緑を施し、公園、庭、住まい、道路が緩やかに繋がることによって、ここに住まう人の暮らしや、周辺環境がより豊かに広がるよう図った。
内部は、ダイニングの吹抜けを中心に東西に繋がり、南北に視線が抜けることによって、何処にいても庭や公園の自然を様々に感じることが出来る伸びやかな空間となっている。
道路より玄関へは、林の小路のようなアプローチを抜けて至る。
リビング・ダイニング前には広いデッキを設け、パーゴラ状の深い庇によって日照を調整している。
「ヌック」は、薪ストーブとベンチを設けた居心地のいいコーナーである。低い横長の窓は、桜並木、公園の緑を額縁のように切り取る。
モノクロームのシンプルな外観は、深い軒とパーゴラによる陰影が、建物に自然な表情を与えつつ、緑の良き背景として景色を引き立てるような佇まいとなっている。南道路に対しては、広く透かした木柵とすることで、庭の緑が道行く人にも心地良いものでありたいと願った。
敷地は、道路より旗竿状の長い共有敷地奥にある。4方を住宅・アパートに囲われてはいるものの、爽やかな風の通る、静かで明るい住宅地である。
構成は、南面した矩形の主屋に、片流屋根のリビング、平屋根の玄関が取り付く。玄関は軒高を低く抑え、外部に対して慎ましく、人を気持よく迎え入れる表情であるよう配慮している。
玄関を折れて、ホールより和室への東西動線を軸に、庭を囲むようL型に居間・食堂を配した。食堂は吹き抜けを介して寝室・子供室と、居間は低い格子戸を通して玄関と繋がる。各部屋は緩やかなひと繋がりの空間として、様々な視線の抜けを意識することによって、変化に富んだシークエンスが展開し、何処にいても自然と、家族の気配を感じることができるよう意図した。
居間は床を300㎜下げて石張りとして、土間のような設えとした。他床より窪むことによりやや籠った印象の居場所となっている。
LDKのL型の連窓を庭側に200㎜出し、柱及び開口がそれぞれ自立したものであるようにすることで、空間に奥行感と広がりを与え、居間においては、食堂からの床が窓辺のベンチとしても機能するよう図った。
子供室へは、吹き抜けに掛け渡したスティール製のブリッジを渡って至る。床を木製「すのこ」として、縞状の影を壁に映す軽快な表現とした。
子供室前の廊下には、明かり窓と浅いベンチの備わったライブラリーコーナーを設えている。
内部の壁は漆喰塗り、主な木部はダークな色合いとして、刻々と移り変わる自然の光や緑が映える落ち着いた空間となっている。
敷地は、今様で同趣な住宅が並ぶ新興の分譲住宅地。北入りであるため、2台分の駐車スペースを確保すると、建物は南隣地いっぱいに寄ることとなり、十分な日照、採光を確保することが難しい。幸い、南隣地は高くなっているものの平屋で、東隣地は既に南西角に庭を設けてあったため、設計に際しては、南東角に庭を設け、それを囲むようにリビング、ダイニングを配した。東隣地庭とオープンスペース、緑を共有することによって、明るい日がそそぎ、爽やかな風がとおり抜ける静かで心地よい居住環境を得ることができた。
リビング、キッチン、ダイニング、テラスを田の字に配し、リビング吹き抜けを介して2階各部屋と繋がり、階段上には机、本棚を備えた家族共有のスタディーコーナーを設けている。このひとまとまりの空間は、それぞれの居場所を確保しながら、繋がり方の違いによって生活の多様なシーンに対応できるよう図っている。
和室は、壁・天井・ふすまを同一の和紙の貼り回しとして、「かまくら」のような柔らかな光に優しく包まれた空間となっている。
外観は、1階を杉羽目板貼に押縁留め、2階をリシン吹き付け、軒裏を化粧垂木として、同系のグレー色で仕上げている。やや均質な印象の街並みに対して、板塀・植栽と相まってシンプルでありながらシックで親しみのある表情となるよう意図した。
敷地は北東に景色が広がり、遥かに関門海峡を望むことも出来る緑多い丘陵の住宅地。
多忙な夫婦2人のための小住宅である。
プランニングにおいては、開放的なリビング・ダイニング、それに接する趣味室、離れた印象の茶室、寝室と、その性格に応じた外部との繋がりに特に配慮している。
リビング・ダイニングは、北面することによって、安定した順光で景色を眺めることが出来るとともに、柔らかな木質、漆喰と相まって穏やかで落ち着いた空間となっている。
パノラマ状に景色を枠取る出窓は、腰掛けての快適な窓辺の空間としても生きるよう寸法、ディテールに細心の注意を払った。
LDKと入れ子状に接する趣味室は、格子で仕切った半独立空間。
3m×2.5mのL型の机を設け、2人は趣味、仕事と思い思いに時を過ごすことが出来る。
南側道路は西に向かっての上り勾配となっており、敷地西側は前面道路より約1m下がり窪んだ印象である。茶室及び前庭をその敷地南西角に配して、周囲より隔たった閑やかな趣となるよう図った。
茶室は、客座の天井を竹の詰め打ちとし韓紙を載せた。その隙間から洩れる光と翳りが僅かに交錯する。他をシンプルで抑制した意匠とすることで、柔らかな陰影と自然を親密に感じることができる空間となるよう意図した。
敷地は市中より僅かに離れた未だ田畑も残る住宅地、緩やかな南斜面にある。
やや散漫な環境にあるため、内部と周囲との間合い・繋がりを、塗り仕上げ・木ルーバー等数種の塀と植栽による中間領域の在り様によって調整している。
2つの矩形の平面に、低く軒深い寄棟屋根が載る外観は、穏やかな表情の中にも緊張感のあるバランスを保つよう各部のスケールに注意を払った。
構成は、プライベートゾーンとパブリックゾーンを明確に分け、玄関より1直線に抜ける動線が 各スペースを有機的に繋いでいる。
内部は、周辺の景色を採り入れつつ、木と漆喰の柔らかな質感を生かし、プライバシーの守られた落ち着きのある住空間となっている。片流れの高い天井と、細身の化粧梁天井、時に応じた建具の使い方等、変化と統一感のある伸びやかな空間となるよう意図した。
リビングと繋がる撞球場は、床を300㎜下げて高い天井に床を石張りとし、友人を迎え楽しむ親しくパブリックな設えとしている。
福岡市中心部の住宅地、幹線道路より僅かに入ったひし形の変形狭小敷地。南は賃貸アパート、西側は隣地擁壁、北はマンションと3方を間近に囲われてはいるものの、東側は空き地となっており、隣家越しに緑も散見できる明るく静かな環境である。
2階は、低く抑えた片流れ屋根の木構造を内部に表し、景色が望める南東方向以外は柔らかく閉じることで、落ち着きのある、快適で寛いだ空間となるよう意図した。正方形平面中心の柱を軸に、階段・ダイニング・キッチン・リビングを風車状に配し、一空間の広がりを感じながらもそれぞれに相応しい居場所を設えている。
1階に配したエントランス、寝室、和室、水回りは適宜に設けた開口より、光と風、緑を採り入れ、プライバシーを守りつつ、自然を感じる穏やかな空間となっている。
変形の敷地を生かし、僅かながらも植栽を配して前庭、アプローチを設けた。外壁は濃いグレイッシュな左官仕上げに緑が映える。煩雑な環境に親しみのある印象の佇まいとなるよう配慮した。
「旧武家屋敷地域に建つ住宅と店舗」
大分県杵築市は、国東半島の南端部に位置し、別府湾に面する旧城下町である。八坂川に沿って南北に二つの丘が並び、その丘上に武家屋敷、間の谷に沿って町屋が続く景観は、「坂道の城下町」「サンドイッチ型城下町」と謳われている。敷地は、南台武家屋敷地域にあり、石垣、槇の生垣による往時の面影を残す通りに面し、また「杵築市城下町地区地区計画」により、外観の仕上げ等の修景基準が細かく定められている。旧屋敷は取り壊されて久しく、門があったと思われる階段、瓦葺の漆喰塀を残すのみで、庭は荒れたまま放置されていた。
クライアントは、新しくこの地に住まうこととなった夫婦、伯母の3人家族。パン屋を営むための店舗、厨房を併設すること、環境に相応しい静かで落ち着いた空間であることを条件とした。
設計にあたっては、門正面と庭中心付近の梅の木、井戸を残し、それらを生かしたL型の平面形とした。Ⅼ型の1辺を正面に店舗、玄関、和室を配し、低い軒の平入りとすることで、道路側外観が、武家屋敷地域らしい凛とした佇まいとなるよう注力した。住まいへは門より既存梅の木を正面に見て、折れ曲がりながら外玄関、入口へと導く。店舗入口は敷地南端に配した。住宅と店舗、通りが違和感なく繋がり、かつ独立性を保つよう図った。
修景基準に基づき、屋根はいぶし銀鼠一文字瓦葺、外壁は周囲と馴染む濃い鼠色の左官仕上げとした。内部の壁は漆喰塗り、天井はラワン合板をやや濃い色に仕上げている。リビングに設えたベンチからは、100年以上は経つ梅の木を間近に感じることができる。
既存の階段、塀、瓦は、敢えて補修等手を入れず、経年変化のままの肌理を残し、景観の保存に配慮した。
観光客もまばらであった通りに生まれたささやかな空間は、施主にとっても近隣の住人にとっても、生活の一部としての新たな風景になりつつあるようである。
敷地は金屑川が博多湾へと注ぎ入る河口に面する。
水鳥が飛び交い、潮の満ち引きにより刻々と表情を変える川面の情景は、この地で育ったクライアントの原風景である。
川辺の景色、主室、2階のアトリエが有機的に繋がることによる豊かな暮らしのあり方をテーマとした。
クライアントが描きためた絵が、予め決められた壁に納まることによって、この家の完成となった。
敷地は福岡市内より西に車で30分程の「雷山の森」。北に糸島の田園風景を望み、南に広い庭を持つ築10数年の別荘の増改築。
設計に当たっては、北に面していたリビング・ダイニングを、広々と南の庭と一体となるよう配し、北側に落ち着きのある寝室、和室とした。ポーチを室内に採り入れ、多目的に使える玄関土間を設けた。
朽ちかけていた外部デッキ・パーゴラは全て取り換え、外観のプロポーションを整えつつも、以前の記憶を残し、回遊性を持った、外部との快適な緩衝空間となるよう図った。
敷地は久留米市、近年再開発された駅傍の新興地、交通量の多い道路に面する。
構成は中央に中庭を設けた凹型プランとし、諸室の窓が中庭に面することにより、騒音、採光、プライバシー他の諸問題を解決している。
LDKを敷地北奥2階に配して、道路からの距離をとっている。シンプルでコンパクトながら、南の出窓からの光により明るく、漆喰・木質の仕上げと相俟って居心地の良い空間となっている。
子育てを終えた夫婦のための終の棲家である。
敷地は、福岡市内中心部、閑静で緑豊かな小高い丘上の分譲地。
南隣地は既に、東隣地も将来は境界いっぱいに住宅が建つことが予想されるが、2階高さからは西側の緑地越しに景観が開け、北側は隣地の緑と遠景を借景として間近に感じることができる。
設計に際しては、西日を制御しつつこの景観と光を採り入れる開口と壁の配置、在り方に特に注力した。
構成はクライアントの要望に従い、1階に主人室、和室、水回り、2階にLDKと夫人室である。主人室は仕事部屋兼寝室であり、趣味との関わりで水回りに近い。夫人室はLDKと繋がる。和室は夫人がお茶を嗜み、ゲストルームにも使われる。無駄なくコンパクトなプランの総2階建にシンプルに切妻屋根を載せ、慎ましい佇まいとなるよう図った。
玄関ポーチよりリビングまでを、螺旋状の動線とすることにより、様々なシークエンスが展開し、実際の広さ以上の伸びやかさを感じることが出来るよう意図した。2階主室は、矩形の平面に、細身の化粧梁を掛け渡し、表した。西側の窓は出窓とし、北側窓にはベンチを設えた。この彫の深い開口は風景を額縁のように切り取ると同時に、空間に奥行を与える。ダイニングテーブルからは西の遠景を望み、ベンチは順光の反射光に柔らかく満たされる等、心地よい居場所を整えている。
僅かに茶味を帯びた漆喰壁と木質に覆われた空間は、明る過ぎず、暗過ぎず、程よい明暗と陰翳の中、時に閑かに、時に客を迎え、思い思いに穏やかなときを過ごすことができる。
事務所、共同住宅の複合ビル4階住宅部の改装である。
クライアントは、全体的に整理されまとまった空間、ゆったりとしたソファーのおけるリビング、落ち着いた食事の出来るダイニングであること等への改装を望まれた。
リビングとダイニング・キッチンの位置を入れ替えるなど、全体に亘る大幅なプランの変更を行い、リビングにおいてはバルコニーとの壁を一部撤去し、一体に繋がるよう図った。
壁を漆喰塗、天井をヒノキ羽目板貼りとし、空調形式は、全室をラジエーター型の放射冷暖房を採用して(ダイニングとリビングの間仕切等)年間を通じて自然素材による快適な温熱環境となっている。
-現代の町屋とは-
箱崎は、近世、唐津街道の宿場町として筥崎宮を中心に栄えた地域である。
敷地は、新旧の、マンション、住宅、店舗が混在する「大学通り」から僅かに入った通りに面する。道向かいは昔ながらに道端まで商品を並べる食材屋、隣は古いビルを改装したデイケア施設。老人が語り合う1階は道にオープンとなり、通りが未だ生活空間として機能している。
外観は、点在する古い町屋・界隈の意匠・スケールと合わせ、馴染むよう努めた。
車庫を、シャッターで暗く閉じてしまうのではなく、通りに開かれた明るいオープンスペースとして捉え、また玄関より和室前を「通り土間」のように扱うことで、和室・土間・車庫・通りを繋がりある空間として、暮らしの様々なシーンに活かせるよう考えた。
内部は、限られた敷地であるが、落ち着き、安心感を保ちつつ、環境と緩やかに繋がることで、閉塞感のない住まいとなるよう図った。2階主室は、柱・梁を表した大屋根の懐を内部に生かし、南北に風が抜ける、豊かな広がりのある空間となっている。
古くからの住宅地、南東をS字にくねった道路に面する、やや変形の敷地である。
クライアントの要望は、雨の日でも使える深い庇のあるテラスと、リビングと繋がり家族皆で使える図書室が欲しいということであった。
リビング、キッチン、ダイニング、テラスを田の字に配し、リビングに接する図書室は格子で仕切った半独立空間である。またそれらの部屋は階段、吹き抜けを介して2階個室とも繋がる。
この家は、ひとまとまりの空間の中に、それぞれの場の繋がり方の僅かな違いにより多様なシーンが生まれる。
テラスはダイニングと同じ屋根の下にあるカバードデッキとした。時に応じた暮らしに欠かせぬ場となっている。
敷地は市中にありながらも、その喧騒から離れた東向きのやや小高い丘。眼下に桜並木の道路を挟んで池、鬱蒼とした緑地を望む恵まれた環境にある。
クライアントの要望は、「住まいの核のイメージは、例えて言えば寮のホール。そこは寮生(家族)が自室を出て、本を読んだり、勉強をしたり、話ができたりと、気ままに過ごせるようなスペース。傍らに沢山の本に囲われたライブラリーがあり・・・。また敷地の利を生かし、ときに自然と一体となるような暮らしができればいい・・・。」といったことであった。
リビングは豆型の大きな机を置いた吹き抜けのホール。そこから300㎜下がって暖炉のある小さな隠れ場所のようなヌック。2100㎜上がってライブラリーである。これらのスペースとキッチンダイニング、デッキ、子供室は2つの階段を介して、メビウスの輪のようにぐるりと繋がる。子供達は自由に走りまわり、自分の居場所を見つけては思い思いの時を過ごす。
この家には、行き止まり無くどこにいてもどこかの空間、環境と繋がる居心地のいい様々な場所が設えてある。
敷地は、太宰府天満宮参道の傍、公園越しに四王寺山を望み、遥かな歴史が偲ばれる。
クライアントはこの地に新しく住まうにあたって、2階を日常の居住空間とし、1階にティースペース、ギャラリー、茶室を設け、コンサートのさまざまな使い方を喚起できるようなオープンな「場」を併設することによって、より豊かな暮らしのあり方を望んだ。
構成は2階建て部分の「母屋」、それに差し掛けた「庇」、通りに対する緩衝空間でもある「露地」および「格子」からなる。墨色に染めたスギの外壁、軒深い庇、格子、緑という基本的な要素のみによる構成が、この地に相応しい佇まいになればと考えた。
また、庇下にある環境と繋がりながらも曖昧に取り囲まれた静かで穏やかな空間、茶室の包まれるような空間、遠く景色を望む開放的な住まいの空間が、光と翳り、緑といった自然、プロポーションの操作によって、人と「こと」を巻き込みながら、より多様な場となることがテーマである。
通りと庇下では、人の動きが格子越しに相互に見え隠れする。軒下は、折れ曲がりながら内部へと人を誘う。内部ガラス上部を格子の高さに合わせて半透明とし、雑多な景色を消し、移りゆく光と木々の陰影が美しく映り込むようにした。細いスチールの十字柱のみで支えられた、透けた浮遊感のある空間である。
茶室は中柱を赤松皮付きの直線、ほかはすべてスギ白木大面取りとする等、簡潔で直截な表現とし、心地よい緊張感と繊細な落ち着きを求めた。
2階主室は高さを抑えた切妻屋根をそのまま現し、漆喰を塗り回している。北窓はディテールに配慮し、景色を美しく切り取るよう図った。
夫婦2人のための住宅である。
1階は駐車場と予備室、2階は来客のための和室、3階で概ね生活の全てを完結する。
外壁はハンドメイドによるタイル張り。炻器質の微妙な色違いと風合いを持つ。
粗面仕上げの目地材とも若干の吸水があり、晴れ、曇り、雨に濡れた時・・・と、シンプルな外観ながら、美しく表情を変える。
先代が残された屋久杉を、玄関ドア、和室造作、リビングテーブル等に使用し、生かした。
3階リビングからは白煙をあげる桜島、緑深い城山を望み、コンパクトながら伸びやかで、様々なシーンが展開する住まいとなっている。
規格商品住宅「casa basso」のモデルハウスである。
敷地は、南に穏やかな里山が広がる自然と眺望に恵まれた環境にある。爽やかな風が抜け、人工物はほとんど目に入らない。
設計に際しては、この景観を全面に採り入れながらも自然の厳しさから暮らしを守る、穏やかな落ち着きのある住空間を作ることに注力した。
道路向かいに仕事場がある。一旦、下レベルに降りるのではなく道路より直接2階レベルに玄関を設けることにより、職場と新居の動線を短くし、僅かながらもアプローチ空間を設けた。
面積配分上1階より2階の面積が5割ほど大きくなること、敷地横を通るJR線の振動を防ぐこと、また設計時に東日本大震災が発生し、クライアントから構造的な安心感を強く求められたことにより、1階をRC造、2階を木造とした。強固な構造と、木質の柔らかさを備えた住まいである。
2階主室内部は、表しの屋根架構が軽快な印象となるよう配慮した。間口いっぱいのバルコニーを介し、深い緑と繋がる豊かな広がり感と温かく包まれるような安心感は、緑に浮かんだ方舟といった趣である。
敷地は、長崎の昔ながらの街並みを残す通りに面する、短冊形の所詮うなぎの寝床。2階LDKは、トップライトの光に満ち、狭い間口ながら、奥行きを生かし最大限の広がりを得ている。
通りに向かって天井をせり上げ、大きな開口を設けたその先に、国宝「崇福寺」境内の縁を望み、おくんちの折にはバルコニーから傘鉾行列を眺めることができる。
僅かながら小庭に緑を配し、視線の抜けと採光通風を図っている。
住宅の一室を改装し設えた小さな庵。
「光・外部との曖昧な関係」を主題とする聴雨庵と、「翳り・奥」をテーマにした対の空間です。
客座を覆う天井は、薄竹を編んだ軽やかな籠のような趣。小間にふさわしい親密さと、広がりを感じさせます。
床の間は、床柱を地板の角隅ではなく、内側に引いて立て、地板が床の領域から外に広がり出る原叟床。このわずかな“ずれ”が、空間に奥行きと静かな緊張感をもたらします。
小間としての設えながら、その求心的な精神性に寄りすぎることなく、むしろ広間的なおおらかさと翳りに、人の心がうちとけ、つどい合える茶室のあり様を求めました。
――“洽”(あまねくうるおす)
「海と緑に浮かぶ黒い木箱」
敷地は、樹木の生い茂る急峻な下り南斜面。
木立の間を透けて船越湾とその先には雷山山系を望むことができた。
その景色を最大限に生かした住居兼仕事場である。
1階鉄筋コンクリート造の箱に、2階片流れ屋根の木造部が4方をオーバーハングして載る。
道路際の既存樹を可能な限り残し、その奥に黒い木箱を樹林に浮かせることにより、道路沿いの景観の保存に努めると
同時に、内部にあっては無二の眺望を獲得している。
入口へは木洩れ日の中、板壁と樹間のブリッジにより至る。
内部は、低い庇とバルコニーの水平ラインにより切り取られた穏やかな内海、眼下に広がる木々の景色に繋がる豊かな
開放感と、木質と漆喰による柔らかで包まれるような安心感のある空間となっている。
樹林に突き出し浮遊感あふれる居間スペース・浴室、春には満開の桜が手にとれるライブラリー、木立の間の仕事場
などなど、各スペースからは、それぞれ様々な海、緑、空を眺め、感じ、飽くことのない時を過ごすことができる。
竣工後6年が経ち周囲の景観、木々は元の姿に戻り、低く抑えた外観は、樹影に見え隠れて静かに凛として佇んでいる。
「 街 自然 建築 人 動物の柔らかな関係 」
敷地は旧街道、交通量の多い幹線道路沿いである。道路拡張に際し歩行者の往来を想定し、歩道、自転車道がそれぞれ2.1m、3.2m確保されている。
計画にあたっては、建築が通りに大きく開くよう、ゲート、外待合、エントランス、待合を歩道に面して配した。敷地道路側に種々の植栽を施し、通り 建築 人 動物が柔らかな関係を保ちつつ、緑と光にあふれた公園にいるような病院をイメージした。
構造は間仕切りの多い平面等により待合以外を木造在来工法として、ローコストを図った。
待合は柱梁を本体に大きく差し掛けたパーゴラのような趣である。木軸組、木製サッシマリオンを表し、木肌と自然光に満たされたインテリアは、外部の緑と相俟って寛ぎと安心を与える空間となっている。北向きであるため、ブラインド等の必要はなく、通りと内部は常に隔てなく緑と共に一体となる。
緑と木質による道路に沿ったリニアーな構成の外観は、内部の様子を感じつつ、雑然とした風景に楽しげで伸びやかな印象を与える。
夜は照明により木構造の内部空間が行燈のように美しく浮かび上がる。
クライアントは自宅建設にあたり、家族が「濃密にひとつ屋根のもとに暮らし、・・・猫か遊牧民のように居場所を変えながら好き勝手に時を過ごす」ことが出来る家、また自然素材、特に土壁に強くこだわった。
玄関、リビング、ダイニング、子供室を大屋根の下に納めた。ダイナミックかつ合理的な広間は、土壁、木をふんだんに表した木構造と相俟って、様々な要望を許容するかつての民家のようにプリミティブでおおらかな空間となった。
外部の一部、内部のほとんどが土漆喰塗りである。スサも見えるやや粗い鏝仕上げの質感の土壁は、庭からの移り行く光を受け止め、時に応じた程よい陰影の濃淡が室内を包む。
白壁の町並みで知られる筑後吉井町は、かつて豊後街道の宿場町として栄え、今もなお土蔵造りの建物や水路、町のたたずまいが残っている。
敷地はその「伝統的建造物群保存地区」内にある。しかし、主には西向きの交通量の多い道路に面し、東・南隣地には隙間なく建物が建つという厳しい敷地条件である。
外観は町並みを大きな敷地と捉え、その角に建つ蔵と見立てている。プライバシー、騒音、西日を考慮し、道路側に対してはやや閉じた印象であるが、周囲に緑を配し、明るく刻々と移り行く光や風を感じる快適な住まいとなっている。
リビングに続くバルコニーからは、隣建物の僅かな隙間に、建主が子供の時から親しむ耳納山麓を日々望むことができる。
夫婦2人のための平屋の家。
緩勾配の屋根なりの折り重なる天井に、光と影が綾をなしている。
秋月は武家屋敷跡、町家建築等が周囲の豊かな自然・田園風景と相俟って、城下町らしい歴史的風致を今なお残す。
敷地は「秋月重要伝統的建造物群保存地区」内、旧街道沿いより僅かにはいった山裾にある。
墨色に染めた杉板外壁に、寄棟大屋根を乗せた外観は、伝統的な屋根形状、外壁仕上げ、各ディテール等を参照し景観との調和を図りながらも、新鮮な魅力をもったものでありたいと考えた。軒先、各部分のプロポーション等には細心の注意を払い、深い森の緑を背景に、かつての秋月藩士のごとく凛として佇むよう願った。
プランは共用のLDKを挟んで東側の子世帯ゾーンと西側の親世帯ゾーンに分かれる。主室であるLDKは梁・柱を剛接合とし、心地よい緊張感の中、おおらかでゆったりとした無柱の大空間となっている。隅に配した各個室の出窓を腰掛けることのできる高さとし、格子が適度な目隠しとなりつつ、それぞれ趣の違った景色を楽しむことができる。
主要な壁・天井仕上げは漆喰塗仕上げとしている。白い柔らかな質感にくるまれた内部空間は、季節の変化に富んだ外部環境とは要素の単一さにおいて対照的である。しかし、刻々と移り変わる光や緑を取り入れ映し、豊かに歴史と自然を感じる住まいとなっている。
西町(旧地名)は黒田藩士の住まいが多くあった地。今も寺や墓地、路地に往時が僅かに偲ばれる。
クライアントは祖母、子供2人の5人家族。日々の暮らしの中、家族が何気無く顔を合わせ、声を掛け、気配を感じることが出来きること、また柔らかな光に満たされ、風が隈なく抜ける家を望んだ。
家中央に吹き抜け、中庭を設け、各空間は様々な開口によって繋がり、刻々と移り行く自然を採り入れる。
ダイニングの高窓からは、子供の頃より遊び親しんだ寺の山門を見ることが出来る。
「 江戸時代からの建物を店舗へ改築 」
秋月は武家屋敷跡、町家建築等が周囲の豊かな自然・田園風景と相俟って、城下町らしい歴史的風致を今なお残している。
計画建物は、江戸時代後期にこの地に移築された長屋門。代々に亘り増改築を繰り返し住み続けてきた。施主は子供の頃までこの家に暮らし、現在は西半分をアトリエとして使用している。改築は、活かされなくなってしまった東半分の玄関・和室部分を、魅力ある店舗(ワインセレクトショップ)へと甦らせることであった。
座敷以外を叩き仕上げの土間、奥にギャラリーを併設して、ミニコンサート等も行える多目的な空間とした。天井・床を取り払い、柱・梁を注意深く補修、追加しながら、遠い歴史を感じながらも現代的な感性にも応えることのできる、包容力と強さのある空間の在り様を目指した。
敷地は南に広大なカルデラとそれを取巻く外輪山、北には峰の連なる阿蘇の山々を望み、四季折々・朝な夕なに様々な表情を見ることができる。
構成はヴォリューム感を抑え、屋根・棟の連なりが背景の山々と呼応する分棟型とした。
棟と棟の配置により、内外からの視線を制御し、やや囲われ感のある空間、暖かな空間、日陰の空間・・・、など折々のための心地よい居場所を設えている。
周りの自然を様々に採り入れ交錯しながら連続する内外空間は、日々趣きの異なる景色を感じながら、住まいとしての落ち着きのある場を生み出している。
様々な人が集まる活気に溢れた地区、地下鉄駅傍の雑然とした通りに面する。シンプルなヴォリュームと半透過スクリーンによる外観構成により、都市的でハイテックなイメージと、街やそこに住まう人にとって柔らかさを持ったデザインでありたいと考えた。
ファサードを覆うように吊り下げたスクリーンは、日本古来の簾のように内外を柔らかく仕切り、プライバシーを守ると同時に、移り変わる自然や環境を取り入れ、コントロールする。乳白ガラスは柔らかく拡散した光を内部に採り込み、ルーバーは穏やかな陰影をつくる。またシンプルながら内外部に多様な表情を見せている。
荷重は12φのロッドにより吊り下げ、風圧をV字に設けた20φのロッドによって受けている。
仕事をリタイアした夫妻のための住宅。設計にあたっての希望は「慎ましい家」。
内部は水回りを中心にLDK・寝室・和室を配し、端から端を見通す、全体として一繋がりの空間。
道路に沿った低い軒先のラインが、外観を決めている。
「 くろご 」
敷地は直交する幹線道路角地。クライアントは道路拡張により敷地の半分を失うこととなった。
別の地へ、とも考えたが住み慣れたこの地を去りがたかった。
勾配屋根、黒い鋼板により帯状に覆われた外観はシンプルでモノシリックであると同時に典型的な住宅のイメージを持つ。
道路側は騒音、プライバシーを考慮し閉じた形になっているが、内部は、住宅地側に大きく開いた開口部及びトップライトからの光に満ち、暖かく、包まれるような居心地の良い空間となっている。
「 伝統 」と「 新しさ 」
福岡県醤油醸造協同組合工場は県内醤油メーカーの醤油原液(生揚)のほとんどを生産し、各工場に配送する。各工場はそれぞれの好みにあった味に調整し、出荷している。福岡県醤油会館は、醸造組合40周年事業として工場に隣接する敷地に計画された。
この建物は、長い歴史によって培われた「伝統」を受け継ぎ、未来に向けた「新しい」まなざしを育てる場であると考える。その理念を木構造として表現した。すなわち伝統的な木の優しい素材感と、集成材と鉄筋を用いたラーメン工法による合理的な新しさである。外観は、交差する2つのボリューム(「蔵」と「縁」を象徴する)と建物を貫く板塀でこの事を表現した。
木構造を直截に表す均等な架構は、明るく伸びやかな空間を獲得し、シンプルな構成でありながらも、力強く豊かな表情を持つ。また少ない部材種、単純な工法によりローコスト、短工期を図った。
各部屋は断片的にならないよう、ラウンジを中心に建物が一体に繋がる計画とし、様々なかたちでテラスや庭に面し、光や風、水といった自然を採り入れる。
敷地の周囲を1mほど盛り上げ植栽を施し、道路に沿った土手のようなイメージの景観としている。敷地の高低差を調整すると同時に道路との緩衝ゾーンとなっており、交通量の多い道路に対し、建物内部からは敷地がやや窪んだな印象となり、落ち着いた執務環境を作っている。
外気導入に地中熱利用換気システムを用いる等、環境に対しての負荷の軽減を図った。
「 甍 」
旧家の建替である。クライアントは、屋根は瓦で葺くこと、仏事など来客への対応が容易なこと、南側に広い庭を残すことなどを望んだ。また家相にもこだわった。
農舎のような大屋根の下、一繋がりの空間に家族がある、ということを最初にイメージした。
空間は何処にいても行き止まり無く、奥へと伸び、庭に繋がる。
穏やかな佇まい、誇張のない簡素で清潔な空間ができあがった。
「 JUST THE WAY YOU ARE 」
山間の田園風景のなか、軒深い切妻屋根が、住まう人の生活をしっかりと覆うと同時に、端正で上品な印象を与える。
東側に配した水回り、階段、和室からは木々の緑、湧き水、季節の花々などと間近に接することができる。
日々の生活中、広がる田園と、近くの自然の両方が感じられるよう計画した。
「 く 」
扇型の変形敷地に、南の庭を抱き込むよう、「く」の字に折れたプランは、連続した空間でありながらもわずかに視線をそらし、それぞれの場を分かち設えている。
中国上海市日本領事館側、高層ビルにある日本料理店の改装である。
中国産の竹を様々に編み、建具、照明等に多用している。
簾状のスクリーンに仕切られ、光と陰が柔らかく交錯する“日本的な”空間となっている。
「 listen 」
聴雨庵は街、既存の住まいとの間に差し込まれたほんの4.5m×4.5mほどの小さなスペースです。しかし、刻々と表情を変える光に満ちた空間は、ガラス、水、緑等に幾重かに、囲われ、仕切られることにより奥行きのある場となっています。
慌しく過ぎ去る日々にあっても、心地よい緊張感と「真綿に包まれたような」安堵感を持った空間でありたいと思いました。
「 屈折しながら繋がる穏やかな「場」 」
クライアントは、生活の中に緑や光といった自然を感じていたい、2世帯は僅かに気配を感じながらもある程度の距離を保ちたい、といったことを望まれた。
敷地は間口9.5m×奥行34mの東西に細く長い短冊形のいわゆる「うなぎのねどこ」。間口方向には自由度を制約されながらも、圧倒的な奥行きは平面的な距離であると同時に、人の動き、日々四季折々といった時間軸における空間の移ろいでもある。
アプローチ、玄関、廊下、居間、食堂と屈折しながら流れるように繋がる空間は、適度な閉鎖性と開放性をくり返し、それぞれの場を穏やかに設える。一方食堂より母の寝室への軸線は、敷地の東端より西端さらに通りへと一直線に見通すことができる。
内部と外部は櫛状に入れ違い、相互に貫通する。静かで簡素な中にも変化と伸びやかな空間は、当初望まれたように常に刻々と移りゆく自然や時間と共にある。
銀の波板に覆われた外観は、自然の動きに呼応し、表情を展開するものでありたかった。幾つかのボリュームを直線上につなげた構成は、家族を乗せた船を連想する。
「 You’d be so nice 」
幹線道路に面した住宅地。先細りの三角形の敷地である。
クライアントは新たな生活のための住宅建築にあたり、相手に気兼ねの要らない自分の場所(夫はそれまでの職歴を生かしたオフィス、夫人は狭いながらも蒔絵の工房)を持つことが夢であった。
事務所、工房、居間は土間、縁を挟み、敷地の形に従い雁行しながら奥へと進み庭へ広がる。2人はそれぞれ自由な違った場所にいても光や緑といった自然を介し、一方の気配を感じながら思い思いの時を過ごすことができる。
「 開放と内包 」
居間は庭に対し7.2mの間口をもち、建具は全て壁の中に引き込むこともできる。内部は縁、庭の緑、塀、さらにその外部へと漸次ゆるやかに連続する。しかし、温かく内包的な室内をも獲得している。
「 狭小地に建つ明るく伸びやかな家 」
住宅地とはいえ比較的交通量の多い5叉路角、船の帆先のようなわずか20坪の敷地である。施主は土地の予算よりこの面積が限度であったが、環境の利便性、3方を道路で囲まれている広がり、眺望を喜び、この地を選んだ。
設計には狭小地であっても豊かで落ち着きのあるシンプルな住空間を求めた。
RC壁に、鋼板に覆われた箱を乗せ、駐車場上部を大きくはね出した構成は、アンバランスな均衡を保ち、凛としたたたずまいとなっている。ピロティー、板塀、植栽等と通りへ配慮し、持ち上げられた居住スペースは、周囲に対して閉じすぎず、開きすぎない住宅を意図している。
構造は道路に接する1階をRC造、上階を軽く安価な鉄骨造。2,3階は階段室まで含めての1ルームとし、水平の広がり上下の伸びやかさを確保している。
RC壁に囲われ落ち着いた1階、明るく開放的な2階、やさしく包まれるような3階と、小さいながら違った雰囲気を持つ空間は、暮らしの変化にも柔軟にこたえることができる。
※現在は、別の手による改装がなされて、当初の設計とは全く違う状態になってしまっている。
KINOMAの〈 KI 〉は
季節の季、樹木の木、気持ちの気をイメージしてます。
「 多様な光により均衡する静かな家 」
この家は様々な開口による光の取り入れ方、時に応じた建具の使い方等により多様で豊かな表情を持つ。
しかし、シンプルなプラン・限られた素材と表現は押さえられ、空間は心地よい緊張感の中に静かで穏やかな均衡を保っている。
都心の狭小地に建つ2世帯住宅です。外部からの音、視線、プライバシーを守りながらも、静かで明るい快適な住まいの有り方を考えました。
東は交通量の多い幹線道路、南は空地を挟んで医院待合室等と向かい合っています。厳しい法規制の中、必要所室の配分に腐心していますが、それぞれに相応しい光と空気を取り入れ、快適な空間に仕上がっております。
外観のマッシブな構成は寡黙ながらも通りの質を高め、道行人を慰めるものでありたく思います。
「 中庭を介しての2世帯住宅 空間の立体的構成 」
3人の男の子を持つご夫婦と、ご主人のお母様のための2世帯住宅です。
道路と敷地の高低差を活かし、ダイニング、キッチンを駐車場の上に配置。リビングとは半階ずらしたスキップフロアーとすることで、中庭を介しつつ、母世帯と子世帯の程よい距離感と一体感を両立させています。
リビングはこの家の主室として、天井高4mの伸びやかな空間を確保しました。450mmピッチで掛け渡した化粧梁がダイニング、キッチンまで連続し、空間全体にリズムと秩序を与えています。
ダイニングは、化粧梁越しに3階と吹抜けでつながり、キッチンダイニングと子供スペースが相互に気配を感じられる構成です。声を掛け合うこともでき、夫人はキッチンにいてこの家のほぼ全体の様子を把握できるというわけです。
「 広がる景色を切り取り、引き入れる 」
敷地は鴻巣山南斜面。濃い緑を背に南西に広がる市街地と油山の山並みを一望する自然と眺望に恵まれた住宅地である。博多湾からの海風は一旦山の緑に浄化され、季節を通して爽やかな空気を運ぶ。敷地より眺める山の端、空の色・・は朝、夕に美しく表情を変える。
この家は、2階をプライベートなスペース、1階は客を迎え、時には作品の展示の場としても使える空間として計画された。キュービックで銀色の外観は、周囲とは際だち自立する。しかし、深い緑を背景に、刻々と変化する光や緑といった自然を微妙に映し、穏やかに表情を展開する。
内部は窓の位置や大きさによって、それぞれに趣の異なる自然や景色が日々の生活の中、目に入るよう図った。特に1Fリビングは限りなく広がる景色を切り取り、引き入れる。快適な居住性を保ちながら内部と外部は一体になる。
茶事にも使える和室には、壁、天井、障子全てにネパール紙が張りまわされ、柔らかく包まれるような空間に仕上っている。
この家は四季折々の草花、控えめに置かれた小物、夫人の作品そしてなによりご夫婦の生活そのものに、生き生きと息づいている。主人が当初求められた自らの生活の場を通してデザインの意味を表現し、訪れる人々を楽しませたいという思いはかないつつあるようである。
ランドスケープのデザインをしている友人のための住宅です。
子供もまだ小さくお金もあまりありません。高いコストをかけたり、特別な工法や材料を使わなくとも快適で機能的な家を造ることは可能です。
居間食堂はプライバシー、通風、採光、眺望を確保するため2階に上げられ、時と好みにより自由な使われ方を可能としています。将来の間仕切り、増改築も考慮されています。
この建物は日本がまだまだ貧しくとも映画が全盛だった昭和27年ころ、木造の兵舎や倉庫を解体し得られた材料により、映画館として建てられたものだそうである。その後映画の斜陽とともに閉館し、数度の改装の結果4層に仕切られ、1、2階をブティック、3階を自社の事務所、4階を倉庫として使っていた。しかし、天井は低く2階は店舗としての魅力に乏しかった。
そこで今回、4階のすべてと3階の床の大半を取り払い、かつての構造のままの天井を露わにした大空間のブティックを作り出し、さらに単なるファッションフロアとしてではなく、さまざまな目的に対応できる空間として企画された。
「 平屋・コートハウス 」
コの字型のプランに、軒深い屋根を架けたこの住宅は、一面のデッキに覆われた中庭を取り囲むコートハウス形式となっている。煩雑な周辺から一旦切り離された、プライバシーの高い静かな広がりを保っている。
深い庇に覆われた各室は、差し込む光と陰影に息づく。デッキ、パティオ、各庭・・・等の外部と様々な形で接することにより移り変わる時間とともに生活を包み、開放する。
外部と内部の主要な室の壁、天井は、室により骨材の大きさ、テクスチャーを微妙に変えながらも同色、同材の塗壁とし、内部と外部の空間は流れるようにつながる。
幼稚園は子供にとって情操を育てる豊かな空間が設えられなければならない。変形の敷地にこぢんまりとまとまらず、敷地をめいっぱい使った伸びやかな空間となるよう心がけた。まず東と西の端に2つの塔を建てる。
東の塔は街を「見張る塔」(街は未来の象徴)、西の塔は「森へのブリッジ」(森は記憶の象徴)と名付ける。それを列柱をもった廊下で繋ぎ、園児達は様々な空間に出会いながら、東の端から西の端へとぐるぐると走り回ることができる。中央に遊戯室があり、1,2階の廊下が入れ違う。この廊下は「時空の回廊」、遊戯室はその交差点という訳だ。
外壁の素材は、土をべたべたと捏ねて造ったようなものでありたいと考えた。建材屋さんと思考錯誤の末、安価なスタッコ調の材料、及び施工方法を開発し、ここの山の土の色をベースに4色で構成した。
やがて卒園していった園児達がいくばくかの感慨をもって自らの幼児期を思いだす時、その記憶のシーンの背後にこの建物のいずれかの空間が現れれば幸いなことだと思っている。
「 光と翳り 」
各部屋はさまざまな形で光や風といった自然を採り入れ、内に閉じた空間としての廊下を軸にここに住まう生活とともに展開する。シンメトリカルに挿入されたこの廊下は子供の頃住んだ家の何かしら心に残る太い梁の向うとか、ついぞ見ることのなかった不思議な翳りの部分への思いと、当時の私の古典的な形式性への好みかもしれない。
主室である居間、食堂は、濃く染めつぶされた木部と白いしっくい壁とを光の濃淡によりバランスさせた空間。コーナーいっぱいに開けられた出窓より広がる田園と、時折通る列車はこの空間にあって主人の遠い記憶を呼びさますという。
両親のための家であった。
住み主は変わったが、完成当時の内装、外装とほとんど変わらぬ姿で、今も住み継がれている。