吉塚の家

敷地は、高層マンション等が建ち並ぶ狭間に、古くからの小住宅が残る僅か51㎡の狭小地である。しかし利便性も良く、計画次第では十分な広さの快適で寛いだ住まいとなりうると考えた。
1階に和室と寝室、水回り、2階に主室としてのLDK・書斎、納戸である。主室は、切妻屋根のふところを内部に採り入れ、西側窓を繋がった出窓とすること等により、大らかな気積と落ち着きを感じる空間となっている。
人の居場所に素直に開口を設け、移り行く光が、やや粗面の壁と杉板の天井に回り、穏やかな明るさと陰影を生んでいる。
玄関脇に設けた和室は、坪庭と地窓でつながる閑かな離れの趣である。炉を切り、友人を招いて茶を楽しむことも出来る。

地下鉄駅傍の閑静な住宅地に建つ、単身者のための住まいである。
全てに手の届くような「ちょうどいい」スケールによって、使い易く温かみのある空間となるよう注力した。
これまで暮らしてきた敷地のうちの必要最小限を新居用とし、残りを売却用地という計画において、車庫を建物1階に組み入れた総2階建てとし、全く無駄の無いコンパクトなプランとした。

1階は車庫、和室と水回り、2階を主な生活の場としてLDK、ライブラリー、寝室を配した。南東に景色が開けており、2階はそちらに向けてのみ大きめの窓を設けてダイニングとした。
ライブラリー、リビング、ダイニングは、片流れ屋根の梁を表した木質と、やや粗面の左官仕上げの壁による、程よい明暗と、陰翳の美しいコージーな居場所となるよう図った。最小限のスペースながら、それぞれの繋がりによって、狭さを感じさせないゆったりとした空間となっている。

外部と内部の主な空間を、色調、骨材等の僅かな違いによる、同材の仕上げにすることで、小住宅として「ちょうどいい」纏まりとなっている。

敷地は、明治通りより南に大濠公園入り口、北に西公園へと続く通りの交差点角に位置する。
西公園は桜の名所として、かつては季節を問わず多くの人が訪れ、商店が軒を連ねる参道のような賑わいのある往来であったという。その西公園と大濠公園を繋ぐシンボリックな建築となるよう意図した。また、敷地裏の道は旧唐津街道であり、直ぐ近くには福岡城西の門としての「黒門」があった。この歴史的な門とも重ね合わせて、このエリアの要として立つ黒い門柱といったイメージである。
建物本体は、2つの高さを変えたボリュームに分け、スレンダーな印象となるよう図った。
1、2階のテナントのサッシはリン酸塩皮膜処理を施したスチール、住宅入口箇所のタイルを炻器にするなど鉄、土等の質感に拘った。
賃貸住居は空間に無駄がなく、使い勝手のいいプランとなるよう緻密に計画した。
8階リビングからは、深い庇とバルコニーを額縁として、眼下に大濠公園、遠方には油山に連なる山々の景色を、刻々と移り行く自然とともに眺めることができる。

敷地は朝倉市(旧甘木市)、朝倉街道に面する門よりさらに奥に入った、築90年の屋敷内である。中門より玄関への路地と表庭を、Ⅼ型に囲むように主屋が建っている。
当初の設計依頼は敷地隣の空地にギャラリー、カフェ等を設けることであったが、屋敷内にそれらを計画することを提案した。
最終案としては、表庭に離れのかたちでギャラリーを設け、主屋の次の間、座敷、居間を、カフェ、店舗、さらにコンサート等様々なイベントも可能な空間へと新たに生かそうとしたものである。

ギャラリーは5.1m×4.5mの矩形平面の主屋側2辺を大きく開口とし、反対2辺を展示用壁とした。深い庇とコンクリートの縁を回し、軒高、各部スケールに注意を払うことによって、瓦屋根の主屋と呼応する形とした。既存の木の間を抜けるアプローチ正面を黒い鉄板壁が受ける。透かし煉瓦塀による適度な閉じと透け感等、敷地全体にわたる一体感に注力した。木々の緑、木漏れ日の中、寛いでアートを見て感じることが出来る。
主屋の座敷は、当時の地方における大工の優れた技術水準を窺わせる造りである。ここでは、特に新しいデザインを施すのではなく、壁は後の塗り材を剥がし、元の漆喰塗りにする等、建築時の状態に戻すことを旨とし、新築のギャラリーとの対比的な調和を目指した。
時を経たものの価値を尊重すると共に、この家に関わられた人達に流れてきた時間をリスペクトし、大事にしたいと考えた。

ギャラリーと主屋が、庭を介して相互に向かい合うことによって、刻々と移り行く光や緑の中、単独ではあり得ないような場が様々に生じるよう意図した。時間と共に埋もれ、荒れかけていた屋敷を、次世代に引き継ぐ空間として、新たな息吹を与えることが出来たのではないかと感じている。

熊本市川尻は嘉瀬川の河口に位置し、古くから川湊として栄えた町である。2016年の熊本地震はこの地にも多大な被害をもたらした。敷地は、旧薩摩街道沿いにあり、間口4.3m×奥行36mの所謂「うなぎの寝床」である。計画は、今回の地震により被災した「I氏」の敷地に、「I氏」、「F氏」2家族の住宅、及び「I氏」「F氏」が共同するデザインオフィスを新たに建築するものであり、「町家」の今日的な解釈を模索した。

道路の「おもて」に2階建てのオフィス、「おく」に3階建ての2世帯住宅とし、1階と2階半分を「I邸」、2階半分と3階が「F邸」である。間口に対して極端に奥行の長い敷地にあって、中庭との繋がり、吹き抜け、奥行による距離感を活かした計画により、間口の狭さを感じさせない伸びやかで、かつ多様な空間となるよう図った。

外観は、道路に面するオフィス棟を、階高等のスケール、色彩を伝統的な町家に合わせ、また敷地一杯となる住宅棟はボリューム感を軽減する等、新旧の街並みとの調和、在り様に注力した。

河畔公園と庭の緑を繋げる

佐賀平野の北部、多布施川が大きく蛇行する川辺は、水と緑の公園として美しく整備されている。敷地は、公園より道路と水路を挟んだ分譲地にあり、南を道路に面し、北方には公園の桜並木を間近に眺めることが出来る。
敷地中央に建物を配して、庭全体に緑を施し、公園、庭、住まい、道路が緩やかに繋がることによって、ここに住まう人の暮らしや、周辺環境がより豊かに広がるよう図った。

内部は、ダイニングの吹抜けを中心に東西に繋がり、南北に視線が抜けることによって、何処にいても庭や公園の自然を様々に感じることが出来る伸びやかな空間となっている。

道路より玄関へは、林の小路のようなアプローチを抜けて至る。
リビング・ダイニング前には広いデッキを設け、パーゴラ状の深い庇によって日照を調整している。
「ヌック」は、薪ストーブとベンチを設けた居心地のいいコーナーである。低い横長の窓は、桜並木、公園の緑を額縁のように切り取る。

モノクロームのシンプルな外観は、深い軒とパーゴラによる陰影が、建物に自然な表情を与えつつ、緑の良き背景として景色を引き立てるような佇まいとなっている。南道路に対しては、広く透かした木柵とすることで、庭の緑が道行く人にも心地良いものでありたいと願った。